「近代映画」1968年5月号

「近代映画」1968年5月号表紙
表紙は酒井和歌子さんです。
資料協力・SINO様)


小林夕岐子さんが「怪獣総進撃」で主演デビューした当時は、東宝としても各マスコミに積極的にプロモーションを行っていたはずですから、雑誌等に特集記事があってもおかしくなかったのですが、実際にどの雑誌のどの号に載っているかは逐一現物に当たるしかなく、また、その現物に当たることすら難しい(大宅壮一文庫にも所蔵がなかったり)のが現状です。ところが今回、SINOさんから驚くべき資料を提供して頂きました。何気なく手持ち資料を調べてみたら、出てきたそうです。御本人も「まさに灯台下暗し」と言っておられました。

当該記事は、「話題のショートスポット 約束されたスター街道 小林夕岐子さん」と題した見開き2ページのモノクロ特集です。ページ左上に3段書きで「予備校転じて俳優予備軍へ」とありますが、小林夕岐子さんを「俳優予備軍」とは失礼な・・・。それはさておき、小林夕岐子さんはアイドル・スターではなく、あくまで映画女優として紹介されています。

小林夕岐子さんの写真は全部で6枚載っています。まず、右ページの横半分を使って、全身写真。小林夕岐子さんは身長158cmということで、決して大柄ではないのですが、スマートなスタイルのため実際よりも長身に見えます。左ページには、同じ衣装でのポートレート風スナップ。そして、本邦初にして最後と思われる、小林夕岐子さんの子ども時代の写真が4枚載っています。両親に抱かれる2歳の頃、8歳の頃のコートを着た姿、小学2年の頃、小学4年のお正月(晴れ着姿)です。2歳の時の写真はもちろんまだ物心つかないあどけない顔です。8歳、小学2年の写真は、短くした髪を七三に分け、まるで男の子みたいですが、これがまぁ可愛いのなんの(笑)。小学4年にもなると、後の「女優・小林夕岐子」のお顔が完成しつつあります。

さて、記事の本文は全てルビが振ってあり、漢字の使用を抑えてひらがなの多い文章になっていますが、あえて原文のままで紹介します。なお便宜的に、小林夕岐子さんの発言部分を水色にしてあります。


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(138頁〜139頁より)

予備校
  転じて俳優
     予備軍へ


約束されたスター街道 小林夕岐子さん

俳優水島道太郎さんを父に持つ小林さんが東宝「怪獣総進撃」でデビューします。日本舞踊、茶道からマージャンまでと巾広い趣味を持つ彼女は現代っ子。フレッシュ・スターの人物解剖!!


 目下、撮影中の東宝「怪獣総進撃」で、新人小林夕岐子さんがデビューしました。

「私の尊敬する俳優さんは滝沢修さん、女では渡辺美佐子さんです」

 と、いう彼女。 「怪獣総進撃」では怪獣をリモートコントロールで飼育する研究所の女技師に扮しています。

 昭和21年10月6日、東京の生れで、身長158、体重41キロと日本的な美人。俳優水島道太郎さんを父に、元宝塚歌劇の山鳩くるみさんを母にもつといいますから、俳優としての血すじは太鼓判がおせるところ。

 小学校の1年から4年まで静岡県の大仁小学校、5年から東京・日本橋の城東小学校そして中学、高校は東京女学館に学び、40年に卒業しました。当時岡田茉莉子さんの結婚披露宴があり、その席に来たところを雨宮東宝撮影所長にスカウトされ、芸能界入りのきっかけとなったのです。

 41年に東宝俳優養成所に入り演技の基本をレッスンし、42年3月正式に東宝へ入社。

「高校を卒えて、大学にゆくつもりで予備校にかよっていたんです。そのときにお話をいただいて、予備校から養成所でお芝居を勉強することになってしまったの・・・・。こどものときから、いつでもお芝居ができる環境にあったのですが、私は自分でやろうなんて思ってもみたことがありませんでした」

 日本舞踊は花柳流、茶道は裏千家を学ぶ反面、声楽は発声法からみっちり基礎をレッスン中という彼女。

「最初は余り芸能界に魅力をかんじなかったのですが、デビュー作も決り、日を追ってお仕事をしていくうちに、おもしろくなってきました。はじめて台本をいただいたときは胸がドキドキしてしまってね、クランク・インして日がたっていくうちに気分がおちついてきたってところです」

 撮影が午前9時開始なので、8時には喜多見の東宝スタジオの門を入るという彼女。

「このところ朝はいつも6時に起きるんです。家が渋谷なので渋谷からバスにゆられてスタジオに入るんですが、とてもいいかんじですよ」

フレッシュ・レディ小林さんは楽しげに話してくれます。

「家ではお寝坊さんで通っていたのが、私が6時に起きるんでいちばん不思議がっているのが母なんです」

そういって健康そうな笑みをうかべますが、そんな話しぶりの中にもこの世界に必要な根性の芽が頭をもちあげているようです。

 得意なスポーツは水泳、家庭マージャンを小さいときからやっていたという腕前。

「私ね、とても易占いにこっているの・・・・。母が好きなので、その感化もあるんです。夕岐子は本名なのですが、はじめ柚木子だったのです。それを易学からいうと小林という字にしては下が重たすぎるのでこの夕岐子にかえたわけなんです」

 自分自身で姓名判断をするという小林さん。現代っ子にしては、案外古風なところも、持ちあわしています。

―――こんどの役を頂いて、お母さんから演技についてアドバイスをしてもらいましたか。

「母もそういうことは嫌いな性なんです。お芝居のことについては何一つ話しあったことがありません」

―――将来、どんなタイプの役者になると思いますか。

「いまそんなこといわれてもわかりません。だけど、映画ばかりでなく舞台もやってみたいなんて考えているんです」

―――演ってみたい役はどんなものですか。

「そうですね、“皇女和の宮”なんていいですね。あのような役ができるように一生懸命がんばります」

と、なかなかはっきりした答えがかえってきました。

 新しいものと古いものが、体の中にうまく調和した現代っ子。そんな形容がいかにもぴったりの小林さんです。

 小学校のときは徒競走が早く、短距離の選手だったという彼女ですが、女優生活もトントン拍子、ショートラウンドでスターの地位を案外早く獲得するかも知れませんね。その素質を十分にもっている彼女ですから・・・・。

(ここまで)


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インタビュー部分の文章は、読者層を考慮してか、言い回しに手が加えられているような気もしますが、小林夕岐子さんの人柄を伺い知ることのできる貴重な資料です。





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