「映画情報」1972年9月号


当該号の現物は未入手のため、1968年2月号を掲載。
モデルは酒井和歌子さんです。


この雑誌は一般書店では販売されず直接配本のみであったため、現在ではあまり知られていませんが、古書店では割とよく見かけます。B4より一回り小さい大判の雑誌で、邦画と洋画を半分ずつ掲載しており、その他、舞台・テレビ番組の紹介ページもあります。その判型を生かした迫力あるカラーグラビアが魅力です。今回の1972年9月号の記事は緑一色さんに資料を提供して頂きました。「TOPICS OF THE MONTH」というコーナーの、「東宝テレビ部七夕祭り」紹介記事です。

<見出し文>
ただ今制作中のテレビ番組15本を誇っている東宝テレビ部が、豊富で多彩なタレントを一堂に集め、高島忠夫、小林亜紀子の司会で<七夕祭り'72>をマスコミ関係者を集めて盛大に行なった。

当日の様子を伝える写真が4枚載っており、若手女優が勢ぞろいの最も大きな写真(下記参照)に小林夕岐子さんも写っています。キャプションには、

東宝テレビ部がそのタレント陣容でもっとも誇れる新人たち。テレビ各局の青春番組のほとんどに顔を出すほどの売れっ子ぶりで、今年からは大映スターだった関根恵子も擁してますます多彩な顔ぶれとなった。ゆかた姿が若々しい。

とあります。

イベントは野外で行われたものらしく、この写真では全員で歌を歌っているような雰囲気です。各人、自分の名前が書かれた短冊のついた笹を持っていますが、全員の名前は分かりません。私がおよそ自信を持って判別できるのは、写真右から3人目の小林亜紀子さん、写真左から2人目の山田はるみさん、左から5人目の大きな口を開けた(笑)梅田智子さん、左から7人目の関根恵子さん、そして写真右端の小林夕岐子さんです。

この写真に写っているメンバーの中で最も芸歴が長いのは間違いなく小林夕岐子さんなのですが、当日の司会を務めたのはまだ東宝入社2年目の小林亜紀子さんでした。言うまでもなく、小林亜紀子さんは現・高橋英樹夫人です。

山田はるみさんの前に「高橋ひとみ」と書かれた短冊も見えます(1996年の新作『モスラ』等に出ていた1961年生まれの高橋ひとみさんとは別人)。関根恵子さんの前には「森るみ子」という短冊があります。『若大将対青大将』プレスシートより、森るみ子さんのプロフィール記事を紹介します。

森るみ子(本名)
45年9月に行われた「大矢茂の恋人募集」審査に優勝、東宝の専属になった新人です。
■昭和26年8月9日生 19才
■東京出身
■国立音楽大学声楽科一年在学中
■日本舞踊花柳流名取
■45年度和田静郎主宰ミス日本
■デビュー作「若大将対青大将」

『若大将対青大将』がデビュー作となっていますが、1961年のテレビドラマ「少年ケニヤ」に、マサイ族の少女ロンダ役として「森るみ子」のクレジットがあります。私も第1話を見ましたが、間違いなく上記の森るみ子さんでした(当時9歳)。他にも子役出演があるようです。また『めぐり逢うために』ほか、レコードを何点かリリースされていました。1975年版「芸能手帳 タレント名簿録」(連合通信社・編、音楽専科社・発売)には東宝TV部所属として名前が載っていますので、少なくともこの頃までは芸能活動をされていたようです。

ちなみに小林夕岐子さんも75年版には東宝TV部所属として載っています。この本の奥付けには昭和50年6月1日発行とあるので、小林夕岐子さんは昭和50年当時も芸能活動は継続されていたのではないかと思われます。



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